「婚外子の相続差別は違憲」に対する憤りの反応に笑わせてもらいました

 

ちょっと以前の話題になるんだけど、婚外子(非嫡出子)の遺産相続分を嫡出子の半分と定めている現行の民法に対して、9月4日最高裁大法廷は「法の下の平等」に反するとして違憲の判断を下した。

 

婚外子の相続差別は違憲(msn産経ニュース)

 

これに対して、様々な不満や憤りを示す反応があった。

 

まあ、毎度出てくる韓国や中国の陰謀論的意見は論外として、僕がプッと吹き出しそうになったのが、

「じゃあ、結婚する意味って何なの?」
だの、
「何のための婚姻制度?」
だのといった、「正直者がバカをみる」に似たニュアンスの意見だ。

 

現在結婚している人たちの中で、婚姻届を出すことを決めるきっかけとして、子供の相続権をはじめ、具体的に様々な法的優位性や法的効力を考慮したという人が果たしてどれほどいるだろう?

 

おそらくそんな人は殆どいないと思う。

 

大抵は、「きちんと“けじめ”をつけるって意味で」とか「親類や知人や会社の手前」とか、そんな“フワッとした”理由で婚姻届を出したに違いない。むしろそれが普通の感覚だ。

 

「きちんと戸籍上も夫婦になっておけば、これこれこういう場合にこういう優遇措置があるし、またこういう場合にもメリットがあるし、こんなことも認められるし…云々」などと具体的なメリットに基いて婚姻届出すことを決心したなんて人がいたら、そっちの方がかなり異例だと思う。

 

もちろん「生まれてくる子供のことを考えて」という理由できちんと戸籍上も夫婦になっておくべきと考えた人も少なくないだろう。
しかしそれだって、おそらくは「子供が“私生児”扱いされるのは可哀想だから」という意味であって、「遺産相続を想定して」なんて人はまぁ殆どいない筈だ。

 

という具合に、そもそも殆ど全くといっていいほど頭の中になかった事例について、よくもまあ、「話が違う!」みたいな事が言えたものだなって意味で、思わずプッときたわけである。

 

ちなみに、「きちんと結婚して子供つくった夫婦にとって、結婚もせずに子供つくった男女と一緒にされたんじゃたまったもんじゃない」的な意見もかなり多くみられ、日本にはまだまだ「正式な結婚=カップルのあるべき姿」という認識が根強いことをうかがわせた。
なるほどこんな状況では、先だって未婚の母であることを公表した安藤美姫選手に対してもやたらと風当たりが強いわけだ。