「2020年夏季五輪、東京で開催!」に対するこのモヤモヤした気分

 

2020年の夏季五輪開催地が東京に決定した。

 

テレビのワイドショーやニュース番組では、ここ数日、東京に決定した勝因や、今後の経済効果への期待などが語られたりしていて、少し浮かれた様子がうかがえる。

 

「う~ん、何だかなぁ~…」と思ってしまう。

 

今回の2020年東京五輪開催に対しては、どうも手放しに喜ぶ気にはなれないという人が少なくないのではないだろうか?

 

特に、福島県をはじめ東北地方の人たちなどはきっと複雑な心境の人が多い筈である。

 

プレゼンテーションにおいて竹田理事長や安倍首相が
「東京は福島から250㎞も離れています」
「福島の放射能は東京には何の影響もありません。汚染水も完全にブロックされています」
と発言しているのを聞き、そして今、五輪招致成功に湧く招致活動員やマスコミ、東京都民の様子を見ていて、正直なところ“置いてきぼり”感や疎外感を感じずにはいられない人も多いのではないか。

 

それだけでなはい。現在まだまだ一般庶民レベルでは冷えこんでいる景気に加え、消費税率引き上げも現実味を増している中、関西や九州など首都圏や関東圏から離れた府県にしてみれば、
「2020年東京で五輪開催決定?膨らむ景気上昇への期待感?そりゃよござんしたね。ところで、それって我々地方にも何かいいコトあるですかね?」
とシラけた気分で見ている人も結構いると思う。

 

「その景気上昇の足がかりとしての東京五輪であり、まず中央が潤えば、その波及効果も大きい」との意見もあるが、関東圏から離れた地方など、その“波”の末端もいいところで、果たして“さざ波”程度でも届いてくるのか怪しいところである。

 

「日本も、他の国々も、常に何らかの問題や不満を抱えている。それらを全てクリアにしてからでなければ多額の費用を掛けたイベントやプロジェクトなどやるべきではないなどと言うのなら、どの国も何も始めることができないではないか」
といった意見を述べている人もいた。

 

この意見に従えば、確かに先述の「不景気で沈滞ムードの中、五輪開催都市から遠く離れた地方は今ひとつ盛り上がっていない」という状況などは無視していいのかも知れない。

 

それでも、少なくとも今の日本が抱えている東北の被災地の状況は、「そのことばかり考えていても何も始められない。それはそれとしていったん置いてといて…」と言っていいレベルなんだろうか?

 

「じゃあ、オマエは被災地のために何か行動を起こしてるのか?少なくとも、片時も忘れず被災地のことを考えているのか?」と指摘されれば、確かに僕は何もしていないし、常に被災地のことを気に病んでいるわけでもない。

 

ただ、親戚や知人に被災者がいるわけでもなく、またボランティアなどで復興支援活動に従事している人でもなければ、おそらく多くの一般庶民がそうだと思う。

 

だけれども、一般庶民がそうだからといって、我が国の首相や閣僚、そして我が国の首都の長が揃いも揃って「東京バンザイ!五輪ワッショイ!」とやってて本当にいいの?むしろ、一般庶民が被災地のことを忘れがちなときに、それをたしなめる立場の人たちなんじゃないの?とどうしても感じてしまうのだ。

 

ほぼ、「東京への電力供給のために存在した」といってもいい原発の崩壊によって今も苦しんでいる被災地を尻目に五輪開催に浮かれる東京…。

そしてこれから7年後に向けて、新たな五輪関連の施設の建設や既存施設のリニューアルなどに莫大な労力と金が注ぎ込まれ、より一層街のグレードアップが図られ、景気が回りだしていく東京…。

 

福島はじめ東北の人たちはもちろんのこと、首都圏から離れた経済的に停滞している地方の市町村は、そんな東京を遠くから眺めて、気分が盛り上がるどころか、ますますシラケてしまうだろうと思えてならない。

 

【追記】

IOC総会のプレゼンにおける福島原発事故問題についての安倍首相の大見得を切った発言、そして結果的に2020年東京五輪招致が成功したこと。

 

これにより、安倍首相の「(福島原発事故の)状況は制御できている」という発言は世界的公約となってしまったとも言える。

 

人間、手に負えそうもない問題や極めて困難な物事に対しては、よほど追い詰められない限り本気で真正面から取り組もうとはしないものだが、まさに我が国の政府は今、福島原発事故の事後処理を“7年後までに何とかしなければならない”状況に追い込まれたわけだ。

 

つまり、考えようによっては、今回の招致活動ならびに東京五輪開催決定は、被災地にとってありがたい結果と言えなくもないな…と思ったことを最後に付け加えておく。