居酒屋甲子園とJ-POPと若者

 

居酒屋甲子園という、あのイベントについては「やりがいをエサにした搾取」という企業側のブラックな面よりも、やはり「薄っぺらい美辞麗句に簡単に心酔してしまう若者たち」の方が気になった。

 

「それは洗脳されてしまっているからだ」という人たちもいるが、僕にはそうは思えない。洗脳されるまでもなく、いとも簡単に「薄っぺらい美辞麗句や仲間意識」に感化されてしまう精神性を持った、つまり、頭の中お花畑状態の若者が、以前にも増して多くなっているような気がしてならない。

 

それはJ-POPの中によくみられる歌詞やアーティストの言動、そしてそれに共感するファンたちを見るにつけ思う。

 

たとえば40年前や50年前、つまり1960年代や70年代において、「夢はいつかきっと叶うんだよ」とか「僕たちは独りぼっちなんかじゃない。みんな仲間なんだ」とか、そんな詞を歌うロックバンドがいたら、もちろん全てではないだろうが、おそらく大多数の同時代の若者たちが「は?文部省唱歌かよ」といった反応を示していたのではないだろうか。

 

根拠の感じられない、やたらと前向きでポジティブな“ポエム”に対して「けっ!」「キレイ事言ってんじゃねーよ!」と吐き捨てる、そんな斜に構えた姿勢こそが若者の“当然の”スタンスだった、そんな時代の空気がかつてはあったように思うのだ。

 

それがいつの頃からか、そうした“基本、何事に対しても斜に構えたスタンス”の者は、むしろ“変わり者”“日陰者”といった存在になってしまった。

 

何となくだけど、「素直で聞き分けのいい人格形成」という、いわば国や企業や社会にとって都合のいい若者づくりの施策が、なんだかんだ言って40年、50年越しに結実してきたという、そんな妙な敗北感というか、「してやられた感」を最近ちょっと感じた次第。

 

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