我々は最初から斎藤祐樹選手を内心“嘲笑”の対象にしようとしていなかったか?


現在、日本ハムファイターズで、いまだ大きな戦力として活躍できていない斎藤祐樹投手。

 

そんな彼については、

 

「マー君とすっかり差がついちゃったな」
とか
「今からでもまだマー君に追いつけると思ってるみたいだけど、そろそろ実力の差を認めろよ」

 

などと、揶揄する声も多い。

 

そこでふと思ったのだが、

 

思えば我々は、あの甲子園で彼の姿を見たときから、どこかで彼を嘲笑の対象にしようとはしていなかっただろうか?

 

ということ。

 

ハンカチ王子」などという愛称自体がまさしくそのことを証明している。

 

たとえば甲子園の大舞台で活躍する投手がいて、それがアンダースローだったなら“サブマリン”を筆頭に、“平成の山田久志”とか“牧田和久2世”とか、

そんな、「ピッチング」にまつわる愛称やキャッチフレーズをつけられるのが常である。

 

ところが彼の場合、野球とは全く関係のない“ハンカチ王子”である。

 

「顔の汗をハンカチで拭く」という、人として別段オカシイわけでもなければ、異様でもないこの行為ばかりが取沙汰されていた。

 

「おやおや、高校球児が試合中に吹き出す汗を、ポケットからハンカチを取り出して拭いてるよ。何とまぁ“お上品”なことでwww」

 

「オレなんて高校生の頃は、汗なんかいつも服の袖で拭ってたもんだ。それにひきかえ斎藤君は試合中でもちゃんとハンカチを常備しているなんて、育ちがいいですなぁ(笑)」

 

というような、

 つまり、彼の“野球選手らしからぬ”身なりの良さに対して非常に“奇異な視線”が向けられていたと思われるのだ。

 

もっと言えば、

 

“ゆとり”高校球児

とか

早実の“ちょっとイタい”エース 

 

とでも言うような、若干悪意に近い気持ちがこの
ハンカチ王子
という言葉、特に“王子”の部分に込められていたような気がする。

 

もし、本当に彼の野球の実力を認め、「大したピッチャーだ」と心底感心していたなら、

ハンカチ王子」などという、野球選手を称するにしては“ふざけている”とも言える愛称など付けていなかったのではないだろうか。

 

それでも、あの甲子園大会においては、
彼は勝った。

マー君と投げ合い、見事優勝投手となったわけだ。

 

そこで、誰もが彼を認めざるを得なくなり、
ハンカチ王子」という愛称は残ったけれども、そこにほのかに込められていた“悪意”は立ち消えていった。

 

ところが、
プロ野球選手になり、なかなか花開かない彼を見て、
これまでひた隠しにされてきた彼に対する「悪意」は噴出したわけである。

 

「ほうら、言わんこっちゃない。お上品な“王子さま”に、厳しい実力至上主義の世界なんて務まんないんだよ!」と。

 

そういう意味において、すごく皮肉な言い方をすれば、彼は、

「お利口な優等生タイプが野球選手としても優秀であってたまるか!」
とか
「野球ってのは汗まみれ、泥まみれになってやるものだ。あんな涼しい顔して野球やるヤツがプロの世界で通用してたまるか!」

といった固定観念を持つ古いタイプの野球ファンたちの期待に見事応えているとも言えるだろう。