一度はプロ野球の一軍入りというステージにまで上がった人が「番組制作AD」って、割にあわないと思う

 

最近テレビでよくやっている「戦力外通告をされたプロスポーツ選手のその後」系ドキュメンタリー番組を先日観ていた。

 

そこで紹介されていたうちのひとり山本徹矢さんは、高校からドラフト5位でロッテに指名を受け、投手として入団。そしてプロ3年目の終盤には一軍からお呼びがかかった。

 

1軍の試合で中継ぎとして起用され、好成績を残すも、この年のシーズンオフ、練習中に肩の痛みを覚え、1軍離脱。

 

故障から復帰し、再び二軍での調整を開始したときには、全盛期のような威力ある球は投げられなくなっており、実戦での登板の機会を与えてもらうことができず、やがて戦力外通告を受ける。その後、トライアウト挑戦などを経て、気持ちに整理をつけた彼はプロ野球生活引退を決意する。

 

ユニフォームを脱いだ彼は元日本ハムファイターズの投手だった武田氏に仕事を紹介してもらう。

 

武田氏が彼に持ってきた仕事の話は、テレビ番組制作会社のADであった。

 

「全く未知の世界ですが、やってみます」

彼は第二の人生の生業として、その仕事に挑戦することを決めた。

 

いや~納得いかん!

言うまでもないことだが、少年時代から中学、高校と本格的に野球に取り組んできた選手の中で、プロ野球の世界に入れるのはほんの一握りである。そしてその中から一軍入りを認められるのも、これまたごく限られた選手だけだ。

 

彼はその、非常に狭き門を通過することのできた、“特別な人間”の一人なのである。

 

そのような、ある分野において、最もレベルの高いステージまで一度は足を踏み入れることができた彼の、次なる仕事がテレビ番組制作会社のADって……。

 

もちろん、この仕事を紹介した武田氏に文句があるわけではない。武田氏は、同じ元プロ野球選手として、少しでも多くの元プロ野球選手が充実した第二の人生を歩めるようにと、紹介できる働き口へのパイプづくりに、本当に日夜努力されていることだと思う。

 

そんな武田氏をもってしても、彼に紹介できる仕事がこれだったというわけだ。

 

もちろん、番組制作ADだって立派な仕事でバカにしたものではないが、番組制作ADって、「学生時代は勉強もそこそこに、ほとんど遊びまわってました」というような、日本のそこらじゅうにいる若者でも就ける職業ではないだろうか?

 

野球の世界でプロの一軍まで上り詰めるという、特別な経歴を持つ彼が、第二の仕事としてそのような職に就かざるを得ないという状況が、どうにも納得できないのだ。

 

スポーツの世界でほんの一時でも一流のレベルまで達した人は、そのスポーツの道を断念した後、もうちょっと特別視されて、もうちょっと優遇されていいのではないかと思えてならない。